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小早川紗輝

引退ブログ⑩

 お世話になっております。全日本インカレをもって引退しました、4年スナイプスキッパーの小早川紗輝です。まずは、これまで私たちの活動を支援していただいたOB会の皆様、コーチ、保護者の方々には深く感謝申し上げます。4年間本当にありがとうございました。


 引退して2ヶ月ほど経ちましたが、気づいたら新港の風速計をみる習慣がなくなり、会計のスプシをみる習慣がなくなり、段々とヨット部を引退したんだということを実感しています。

ここで何を書こうかと考えていたのですが、今思うと、あまり自分の感情というか、ヨットに対しての思いとかを人前で話していなかったなと思います。なのでこれまでやってきて感じていたこと、思っていたこと、言語化できることがあればここに綴りたいと思います。

 共感されるかは分かりませんが、読んでくれる方には自分なりの解釈をして、何か感じ取ってくれれば嬉しいです。何も分からなければそれで構いません。拙い文章ですが最後まで読んでいただけると幸いです。


 4年前、なぜ私がヨット部に入ろうと思ったかというと、ここに入ったら何かいいことがありそう!っていう直感があったからです。直感ってなにかかっこいい言葉を使っていますが私だけじゃない、みんな同じだと思います。無意識にこの直感を信じながらヨット部を続けていると思っています。3年生のとき、春イン決勝で沈してリタイアしたときも、秋インで英字をつけたときもものすごく辛い思いをし、正直しんどかったです。でも悔しくて意地でもヨットに乗り続けました。当時その悔しさの的は分からなかったのですが、今思うと、入部した頃の自分を裏切りたくないという思いがあったのかなと思います。



 ヨットに対する向き合い方に変化があったのは3年生の頃だったかなと思います。

3年生で出場した秋インカレ。3年生・初心者・女子。かなりのプレッシャーを背負いながら挑みました。結果は全日本に及ぶものではありませんでしたが、全力は尽くしました。そして全てのレースが終わったとき、ヨットの楽しさを感じたと同時に、ヨットというものがなんなのか分からなくなりました。あの時のふわふわした感覚は今でも覚えています。セーリング、コースの組み方はもちろんですが、ヨットレースに対する姿勢や考え方が大学や人によって違うんだということを感じて、ヨットとの向き合い方の正解がわからなくなりました。避けてないのに回らせるために避けたよって嘘ついたり、プロテストされて自分が悪いとはわかってても勝つために嘘をつく、みたいな。倫理的な話ですね。そんなつまらんこと自分はしない、って思うかもしれませんが相手はしてくるかもしれないし、自分たちも勝つことに必死になっていたらそうなってしまうかもしれません。そこのせめぎ合いは本当に難しいし正しい答えはなかなか出てこないと思っています。ただ、1年前、レース経験の浅かった私はヨットというスポーツにものすごく失望したことを覚えています。

 「結局それも実力。」それさえも実力に含めるならば、これから先なにを目標に練習したらいいのか分からなくなりました。

 マイナスなことを言ってしまいましたが3年生の時はいろいろ失敗ばかりで、でも新しいことも多くて楽しかったです。ラダーに空気を入れすぎて破裂させてしまったことも、草レースでお偉いさんのスタートを殺して激怒され、しばらくその方から身を隠していたことも、いい思い出です。



 とにかく最後の1年、辛いよりも楽しいのほうが圧倒的に大きかったです。練習を重ねていくうちに、前を走れることも増え、ヨットレースの楽しさを感じることが前よりも多くなりました。そして、実力がどうとか気にせずに、とりあえず今目の前にある状況に対してなすべきことをする、それが一番だと気づきました。今年1年間こむと軽量ペアで組んでいましたが、そんな中でもごくたまーに強風で前走れることもありました(うちらでいう前は真ん中あたりです)。たまたま海面が当たった、たまたまいい波がきてイン取れた、など様々な運要素はありますがまずその前に、強風だから上しめに走る、波に叩かれないようにする、当たり前ですよね。そういった当たり前のことをしないと絶対に真ん中すらも走ることはできません。しかしいつどんな状況でも「当たり前のことをする」っていうのが案外難しいものです。もちろんいくら全力を尽くしても後ろを走ることはあります、というかほとんどの場合そうでした。だけど、強風でも、スタート失敗しても、プロテストされても、慌てず萎えず、目の前の状況を受け入れ、今できる最善のことをすべきです。それができること自体が実力なのかな。私も福田と同感です。そのあとはもうlet it beですね。1年前、インカレで全力を尽くしたつもりの私は、失格という事実を受け入れることができなかった、そこが一番自分に足りていなかったことだと思います。ヨットが嫌いになっても分からなくなってもいいんです。嫌いでも、分からなくても、認めてもらえない時期があっても、目の前の為すべきことをする。そのあとはもうレースと同じでlet it beです(一時期ビートルズにハマってたものでこの言葉乱用してますがお許してください)


 ようやく掴めた全日本の舞台、結果は思うようにいきませんでしたが最終レース、達成感も心残りもすべて背負いながらフィニッシュしました。4日間、どんなに風が強くてもペタペタでも、リザルトが良くても悪くても、やっぱりヨットって最高のスポーツだなって心から感じました。そう思えたのは後輩含めチームの仲間、そして今まで組んでくれたペアの存在故だと思っています。



 そして引退して思うのは女子プレイヤーとして、みーちゃんと一緒に後輩女子たちの希望の光?みたいなのになりたいという思いがずっとありました。ヨットは男女混合のスポーツゆえ女子プレイヤーは悩むことも多々あると思います。そんな中、女子でも同じフィールドで戦うことができるっていうヨットを続けていく目標みたいなのになれたらなと思いました。目標なんて身の丈に合わないことを言ってしまいましたが女子プレイヤーとして、良かったこともダメだったことも含め、3女たちにバトンはしっかり渡せたかなと思っています。今年、470もスナイプも一緒に4艇で全女に出場できた時は本当に本当に嬉しかったです。うちらの時代きたー!みたいな笑 7人全員可愛い後輩たちです。そして来年、再来年、それ以降も、私たちがあと一歩で逃した「全女入賞」という夢を叶えて欲しいです。応援しています。



後輩へ

長くなりそうなので短めに

これから先大変なこともあると思いますが、どんな時も、入部した頃の純粋でまっすぐな気持ちを大切に大切に抱えながら、突き進んでいってください。

もしモチベが下がっていたり、気合いが入らなかったりしているならば、喝入れに背中ぶっ叩きにいくのでいつでも呼んでください!ね!

  




 この3年半、私は本当に恵まれていました。3年生の頃からインカレに出させてもらい、女子レースは数え切れないほど出たし、クルーとしても活躍の場を設けてくれました。全日本の景色も見ることができました。ビブスを着た回数は誰よりも多かったかもしれません。そのくせにそれ相応の結果を残せなかった自分がものすごく情けないです。正直、こんな練習時間も体重も足りてない、口は悪いしなんの取り柄もない私がレースメンバーで大丈夫なのかとずっとずっと不安でしたが、リザルトが良くない時期が続いても、強風でどんなに後ろを走り続けてても、私のことを信じてレースに出し続けてくれた先輩、同期、夏樹さんには感謝してもしきれません。期待に応えられた自信はありませんが、このことは当たり前だとは思わず、今まで培ったレース経験は自分なりに後輩たちに伝えていかないといけないと強く思っています。



最後に

ヨット部に入ってて良かったと感じる瞬間はたくさんありました。合同練でピンフィニッシュしたとき、全女で2位フィニッシュしたとき、そして、全日本出場を掴み取れたとき。あの景色は今でも忘れられません。138から見えるキラキラと光る海、赤灯台、後輩と夏樹さんが乗る蒼燕、そして746と148。みんなで拳を上げて喜びました。大好きなチームで全日本に行くことができて嬉しくて嬉しくて一生忘れることがない景色です。


ヨット部に入っててよかったと感じた瞬間はそれだけではありません。セーリング中に虹が見えたとき、富士山と夕日が綺麗なとき、夢庵でおいしい豚チゲを食べたとき、しょうもないことで大爆笑してるとき。どの瞬間もキラキラしていて何気ないヨット部での日常がずっと心の支えでした。


4年前、ヨット部に入ることを決断して本当に良かったです。


今まで本当にありがとうございました。


東京工業大学ヨット部 小早川紗輝



p.s. 148も138もずっと好き

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