top of page
ホームページ 東工大ヨット部

引退ブログ第三弾


お世話になっております。前年度会計を務めていた、元スナイプクルーの道下俊祐です。


まずは本吉コーチ、潮会の皆様、逗子・葉山の皆様、東工大関係者の皆様、そして保護者の皆様の多大なるご支援があって4年間無事に活動を行うことが出来ました。心よりお礼申し上げます。


そして、一緒に戦ってくれた3年生、積極的に練習に参加してくれて1年生の面倒も見てくれた2年生、なかなか乗艇時間が確保できない中でもサポートしてくれた1年生にも感謝してもしきれません。ありがとうございました。



少しだけ自分の話をさせて頂きたいと思います。


3年の夏頃から秋インが終わるまで、自分はスナイプクルーからヘルムスに転向していました。当時、4年クルーが1人、3年クルーが3人であったためレーメン争いに敗れたことがきっかけです。江ノ島スナイプの合計得点でレーメンを決め、3レース合計で1ポイント差で負けてしまったことは今でも忘れていません。あの時ここでタックしていれば、あの艇をカバーしておけば…等しばらく引きずって後悔し、レースの恐ろしさを痛感しました。


ヘルムス転向後は新しい学びや発見があり、今まで乗ることがなかった同期クルーとも乗れて新鮮ではありましたが、練習時の走り合わせではレース艇には食らいつくことさえ出来ず、スタート直後から置いていかれ虚無感に襲われる事も少なくはありませんでした。


代替わり後、クルーに戻ると決めれば3年クルー、ヘルムスのままだと3年ヘルムスとレーメン争いになるため少し迷いはしたもののクルーに再転向する事を決めました。そして岩倉のクルーとして新艇に乗らしてもらい、秋インまでこのペアで続けることが出来ました。


しかし正直スナイプ同期の4人とはモチベーション、危機感に温度差があった気はします。コース練習においてもレース艇3艇中3着はしょっちゅうであったし、セーリング練習でも差を付けられる場面も多く、1番艇に乗っているのに不甲斐ない自分に腹がたつこともありました。それにも関わらず岩倉は辛抱強く耐えてくれたし一緒に考えてくれたり時には落ち着かせてくれたり本当に心の支えになってくれて感謝しかないです。ありがとう。恥ずかしいから直接は言わないけど。



春イン、秋インでの成績は一言で言えば散々でした。予選では春インで1度ピン回航するなど英字を付けた以外はコンスタントにシングル付近を取れてはいたものの、本番の決勝においては他校、そして仲間の2,3番艇に力の差を見せつけられることが多くありました。


けれども秋インは春インに比べたら内容も順位も少しは成長した姿を見せることが出来たと思います。2日間で10回転近くした事を除けば…


全日本出場も、秋インは成績的には他の2艇に引っ張っていって貰ったような感覚で、満足な成績が残せず悔しく、正直自分の力で掴み取ったとは全く思えず素直には喜べませんでした。



全日本でも満足出来たレースより出来なかったレースの方が多かったです。秋イン決勝みたいに(より多く)何回転もしました。ほとんど全て避けられるケースであり、途中までいい順位を走っていても一瞬で20艇近くに抜かれていくのを繰り返し、本当に情けない気持ちでいっぱいでした。



ダラダラと自分の話を書いてきましたが、ヨットを3年半近く乗ってきて楽しい・嬉しい時が辛い時より多かったかと言われればお世辞にもそんなことは言えないです。嬉しかったのは、後輩と一緒に乗って彼ら彼女らの成長を感じた時と全日本で最終7位を取ったレースくらいしか思いつきません。

でもいい事はいつかたまに起こるので、あまり追い詰められすぎずに後輩たちは引退まで過ごせばいいと思います。




とりあえず、無事に引退出来て良かったです。ありがとうございました。



同期に向けて

○お疲れ様でした。


後輩に向けて

○辛い時があれば、自分が限界を迎える前に同期、先輩、時には後輩、他のコミュニティの友達に話してみること。聞いてもらうだけでも自分の中で改めて整理出来て楽になることも多い。


○自分の長所を何でも1つは見つけておくこと。組織で生きる上では、周りと比べて劣っている部分を頑張って埋める事よりも優れた部分をさらにのばしていく方がプラスとなる事が多いし自信にも繋がっていく。


○一緒に乗ってレースに出た時、なかなか前の景色を見せてあげることが出来なくてごめんなさい。同期、後輩とレースに出て前を走っている姿、人間的にも成長した姿を見れる日を楽しみにしています。







閲覧数:386回

Comments


Archive
Search By Tags
まだタグはありません。
bottom of page